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10章・葬式は存命中が大事

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10-1 葬式は存命中が大事

本章は葬式の根本的な概念への疑問と違和感への提唱となります。

数多くの葬儀支援をし続ける中で大別すると家族すら無意識の中で2つのパターンが存在してる事に気付きました。

① 葬式は『死後』と考える人
② 葬式は『存命中に別れを受け入れる時間』と考える人

① 多いのは『死後に騒ぐタイプ』の家族です。

死ぬまで死は考えない!?のだろうかと思うような家族で「まだ死ぬとは思ってなかった」みたいな言葉を口にしますが個人的には??です。

平均寿命より上だったり、癌などで入院や療養してる人に対してまだ死なないと思いたいなら分りますが「思った」は理解できません。

② 最近は増えてますが『やるべき事はしました』という家族です。

精一杯看病してきた家族に多く、別れの時を受け入れてる家族で「いつ逝っても覚悟はできてます」という。

個人的には大正解な『葬式』をした家族に思えるのです。

10-2 葬式はいつから始めるのがベスト

大多数の人は逝去後に始まるのが葬式だと思っているようですが、なぜ死後なのか誰もが納得できる説明ができる人がいるでしょうか?

『死んだら地獄でなく天国に行けるよう導く』みたいな話しを本気で信じる人がいるとしたら厚い信仰心のある方でしょうから、それを否定する気ありませんけど無信仰者には肯定できるものではありません。

しかし葬式とは『家族や親交の深い人達との別れを受け入れる為の時間』であると定義すれば、信仰の有無に関係なく納得できるのではありませんか?

問題は『余裕のある終幕』と『突然の終幕』があり元気な時からいつ別れが来ても後悔の無い生き方をしろってことなのでしょう。

頭では理解もできるし確かにそうだよなぁと納得もできますけど日々「死」の恐怖を感じながら生きる事になるのも否めません。

だから元気な時から無理せず自分にできる事をし喧嘩しても翌日に持ち越さず、日々笑顔で過ごせる家族でいられるよう家族一人一人が互いに一歩づつ歩み寄る意識と努力が大事なのでしょう。

もし家族に『突然の終幕』が訪れた場合、日々の生き方が後悔の念を薄めてくれる特効薬だったと分るでしょうけど『余裕のある終幕』なら後悔でなく納得や満足できる別れを迎えることさえ可能かもしれません。

故人が望む葬式内容があり相応の葬式費用を残してあり家族も納得できるなら、希望を叶える目的でどんな葬式でも構いません。

自分達は無信仰だから火葬と散骨で充分という人は確実に増え、残る家族の生活を心配をする人達が増え、声に出して言えるようになったのは家族目線の葬儀支援を行う立場としては良い傾向だと思います。

家族だけの葬式なら直葬で充分、生前付き合いが広かった方なら、お別れの時間を設けた直葬を設定されると良いでしょう。

有名人の大半が行うお別れ会はご遺体でなく焼骨だから葬儀場でなく、ホテルでも、レストランでも何処の会場でも可能です。

火葬前日の午後数時間お別れの時間に設定、100人程度なら大きな式場である必要もなく20台程の駐車場でも数人の誘導員で対応も可能でしょう。

10-3 直葬選択、お金だけの問題ではない

15年前の直葬(火葬だけの葬式)はお金の無い人が行う特殊な方法のような印象で直葬は葬式ではない。直葬は間違ってるとまで言われましたが、葬式を宗教儀式であるとする発想そのものが偏見と反論した事もあります。

無信仰者は宗教儀式をしない、極々当然の事がようやく理解され当たり前の事が当り前にできる時代になり安堵してますが、死後費用の捻出に困った家族が火葬ができないまま放置する事件はいつの世も無くなりません。

宗教儀式をする必要はありませんが、せめて骨壺に納まるまでは生活した行政区が『福祉』として無料で行ってくれる時代になれば死後費用の心配をせず、死後費用を蓄えずとも日々安心して過ごせるのです。

10-4 余裕のある終幕

死亡原因1位『悪性腫瘍(癌)』、2位『心疾患』ですが、心疾患には心筋梗塞、狭心症など発症後に間もなく心肺停止、俗にいう突然死の可能性もあり事前に心の準備ができないケースもあります。

しかし死亡原因1位の『癌』の場合、例えば日本人で一番多い肺癌で見るとステージ4で肺癌発見なら、3年生存率11%前後、5年生存率は5%前後と長期間の生存は難しくても最低数か月の猶予があります。

僕の姉はスキルス性胃癌でとても進行の速いケースでしたが、それでも3ヶ月の猶予があり最初の見舞い時点ではとても元気でした。

勿論治る見込みがあるなら入院治療は大事だけど3か月間を使って姉には『死出の準備期間、家族や親交の深い人達とのお別れ』の時間として過ごさせてあげられてたら――、の思いがあるのも事実です。

当時は母親と妹の判断をそのまま受入れましたけど自分だったらと改めて考えると、伝えるべきで無い人もいるでしょうが伝えるべき人もいるような気がしてならないのです。

結果論と言われたらその通りだけど余命2ヶ月の宣告を受けた姉が5年生存は奇跡でしかなく3ヶ月目に入った姉は「死」を覚悟した日々だったのです。

なら動けるうちに『お別れしたい人達との時間を作ってあげる』『行きたい場所に連れて行ってあげる』『食べたい物を食べさせる』更に『残す子供達と親子だけの時間を過ごさせてあげる』事も出来たはずです。

10-5 余命宣告を受けたら

家族の都合もありますから入院でも、自宅でも、ベッドで寝てるより連れ出してあげるべきなのでは!?と思ったりします。

きっと辛い時間の連続になるのでしょうが、それでも終幕後は良き思い出になってくれるはずです。

入院しても1日中治療しているわけではありません。何もせずベッドで寝てる時間のほうが多いですから担当医に話せば外出許可は出るでしょう。

その際して欲しいのは『出来るだけ動画と肉声を残すこと』です。テレビやyoutubeを見ると50代で亡くなった石原裕次郎さん、美空ひばりさんなどは今も50代前半のままの姿と声が残り人々から忘れられません。

動画を残しておけばいつでも元気だった頃の両親、祖父母、配偶者等と逢えるし声も聞ける便利な時代、その恩恵は上手く利用しましょう。

10-7 祖父母が生きてくれてたら

僕自身5才まで育ててくれ家業倒産後も面倒を看てくれた祖父母に孝行らしき事を何もしなかった馬鹿孫としての後悔は今もありますから、その辺りも含めて『例えば・・・』を書いてみます。

たら、れば、に過ぎませんが祖父母が生きてくれてたら、行きたい場所に連れて行き、食べたい物を食べて貰い、したい事をさせてあげたい。

きっと祖父母が存命してれば何かして欲しいと言わないでしょうけど、馬鹿孫が自分達に孝行してくれようとする姿だけで喜んでくれることでしょう。

いかんせん60代に成ってから気づいたのでは遅すぎますが、祖父母に孝行しなかった自分自身を反面教師とし嫁さん孝行の真似事くらいはと思ってます。

されど葬儀支援は休日も正月もなく元旦から動き出す仕事で、孝行どころか負担を掛けてばかりですが理解してくれる家族に感謝です。

幸いな事に息子が休日に母親をあちこち連れて行ってくれてるので、要らないと言われますがせめて費用だけはと負担する事も多いです。

たまに時間が取れたら飯を食いに行くけど家族が笑顔で過ごせる手助けや支えになることが今すべき事だと思っています。

『孝行のしたい時分に親はなし』僕は祖父母ですが納得の言葉です。

10-8 故人を乗せてスカイツリー見物

本当は対象者が元気なうちに孝行しておくべきだと思うけど、生前出来なかったからと葬式を派手で豪華にする事が良いとは思えません。

死後でも出来ることが無いわけでもありません。

幼馴染みの父親が亡くなった時「親父は東武電車の車掌だったからスカイツリーを見に行くのを楽しみにして病気と戦ってたけど叶わなかったなぁ」とつぶやいたのを耳にしました。

それを聞くと、その場にいた幼馴染みと彼の従姉に言う。

俺「よし、今晩スカイツリー見に親父さん連れて行くぞ」

彼「えっ、今晩って都内だし、どうやって?」

俺「棺を積んで午後9時出発なら渋滞もなく時間の余裕もある」

従姉「えっ、もしかして私も行くわけ?」

俺「そうだよ、同級生3人で親父乗せて都内までドライブだ」

各自一旦自宅に帰って準備、午後10時あんしん館で待ち合わせ、従姉は時間通り来ましたが故人の息子の幼馴染が30分遅刻してきました。

午前0時の照明が消えるまで90分、関越、外環、首都高渋滞がなければギリギリセーフ、夜の高速を110kmで疾走する黒塗りの霊柩車です。

『爆走霊柩車』ドラマのタイトルのようだ思いながらアクセルを踏み関越道、外環道、首都高と走り首都高四ツ木インターで降りる直前、スカイツリーの綺麗な照明が見えます。

時間との勝負ですが「もうすぐだ」と荒川を渡りあと5分の距離まで来ると突然「パッ」と照明が消えて暗闇タワーに変身・・・・

俺「ほれみろ、間に合わなかったじゃねぇか」

彼「ごめん・・・」

とりあえずスカイツリー真下まで行くと道路は狭く駐停車禁止と分り、スカイツリー入り口に乗り上げて停車、突然、霊柩車が来て歩道に乗り上げたのですから驚いて近くにいたガードマンが走ってきました。

ガードマン「どうかされましたか?」

俺「実は棺の故人は東武で車掌してた人でスカイツリーを見ようと精一杯治療してきたのですが残念ながら叶わず亡くなりました。そこで故人を棺に納め群馬県前橋から見せにきたわけです。1枚写真を撮らせて頂ければすぐにどかしますのでお願いします」

ガードマン「分りました。慌てなくて結構ですからゆっくり撮ってください」

俺「ありがとうございます」

数枚写真を撮ると車は移動させスカイツリーが真正面に見える場所に停車、幼馴染みと従姉と霊柩車の写真を撮って前橋に戻ってきました。

10-9 桜見物、観音山に登ってから火葬

入院中のお爺ちゃんと「もうすぐ桜が咲く、それまで頑張ろうね」と話してたのに見せられなかったと残念そうなお婆ちゃん。

お爺ちゃんの棺を乗せて桜が見られる河川敷に行き霊柩車の後ろのドアを跳ね上げ家族と一緒に桜見物の写真を撮ってきました。

高崎市で逝去した父親は警察で聞いても住所が特定出来ない場所のアパートで外の景色けしきなど見られない立地でした。

財布に余裕はなく火葬だけで精一杯、そこで火葬当日は少し早めに出発、娘さん2人と棺を乗せ、お父さんが良く散歩に来てたという観音山に登り反対側に降りてから斎場に向かいました。

10-10 毎年恒例の長瀞(ながとろ)は棺に入って

叔母が亡くなり喪主の従兄の話しでは、この時期は毎年埼玉県の長瀞に行ってたんだよの言葉を聞き調べてみると自宅から1時間位と分ったので言います。

俺「明日の朝10時に来るから叔母さん乗せて長瀞行くぞ」

従兄「えっ、おふくろ乗せてってくれるの?」

俺「うん、それなら後悔しねぇで済むだろ」

従兄「うん、ありがとう」

叔母さんの棺と従兄弟2人を乗せると出発、後ろから叔母さんの妹2人が別の車で着いてきました。

従兄弟の案内でいつも行くコースと、いつも休憩する場所で停車しながら帰りは叔母さんが生まれた太田市尾島町の実家跡を通って戻ってきました。

10-11 車種によっては自分で連れて行く事も可能

棺を乗せてのドライブ、葬儀社依頼なら結構な料金を請求されるだろうけど長さ2mの空間のある自家用車なら可能その際に注意するのは次の2点です。

『死亡届出書提出後に渡される火葬許可証の携帯』
『移動中の棺内が低温に保てる量のドライアイス』

棺の積み下ろしは人手があれば問題ないでしょう。

『癌』など余命があればで早い段階で迅速に動いてお別れの時間を造る。突然死や入院で動けない状態なら逝去後に上記のお別れ、これだけでも残る家族の心はかなり穏やかになれるはずです。

10-12 自宅安置、施設安置

コロナ感染で満足に面会できない状態が3年も続いてますが、今は自宅安置より施設安置のほうが多く家族の疲労も考慮すると費用の点で問題なければ自宅より施設安置がお勧めです。

但し1日3万円5万円の高額費用の施設なら迷わず自宅安置しましょう。

ちなみに当方では搬入時刻より48時間以内の安置は料金に含まれ、それ以降の納棺安置は24時間毎5,000円+税の加算となります。

注意したいのは『安置無料』と書いてあるにも関わらず他の名目で費用が掛かる葬儀社と『搬入時』起算でなく午前0時起算の葬儀社、午後10時搬入なら2時間で1日料金となり1日安置日数が増える計算となります。

10-13 午後葬式でゆっくりお別れ

午前葬式、午後火葬が当り前のようになってる意味が分かりません。1日で済むと言うのなら前日の通夜はどうなの? 通夜に来た大半は翌日の葬式にも来る現実からも納得できません。

様々な点を考慮した上で一番お勧めなのは『火葬前日の午後3時から葬式』して『翌日朝一番の炉で火葬』なら午前11時頃には火葬場を後にできます。

お勧めするポイントを再度書き出してみます。

① 宗教者の予約は取り易い時間帯です

② 午後3時式なら食事の心配は不要です

③ 関東近隣なら当日出発で充分間に合います

④ 葬式後は午後7時まで数時間お別れ可能です

⑤ 午後7時までなら夕食の心配無用です

⑤ 葬式は故人と親交の深い人達だけで行います

⑥ 会葬者は自分の都合で弔問に来られます

⑦ 翌日火葬は式と同じメンバーで行います

⑧ 朝一火葬の時間帯は火葬中の食事不要です

⑨ 拾骨は素手でしましょう『後述します』

⑩ 終了は午前11時前後、必要ならランチします

いかがでしょうか、数時間あれば会葬者は自分の都合が付けやすく、故人とも家族ともゆっくりお別れができ、食事の心配も要らずゆったりした葬式でありながら費用面は相当抑えられ、残る家族の生活が守れる葬式に成り易いです。

ただひとつ時間が長いですから家族は身体的には疲れますが、精神的にはゆったり過ごせるはずです。

10-14 拾骨は箸でなく手でしよう

僕の時間が取れれば前橋斎場での拾骨は斎場担当者でなく僕自身が入ります。首上焼骨は担当者に説明して貰いますが、付着する色、焼骨の部位説明、拾骨は手で行います(生理的に駄目な人は箸での収骨)

全国何処の斎場も箸を渡して「箸渡し」と言うようですが日本は元々が土葬ですから土葬した遺骨をどうやって箸渡しするんだ??って事です。

昔の火葬場は熱いまま拾骨だから火傷防止で箸を使ったに過ぎません。後からのこじ付けもいいところです。ところが最近は一旦ステンレスの器に取ってからの拾骨が増え数分後には触れる温度になっています。

足の骨、膝の皿、かかとの骨、骨盤、頸椎、胸椎、腰椎、仙骨、尾骶骨、大腿骨、肩甲骨、肋骨、腕の骨、指の骨、そして骨粗しょう症の骨など見せながら説明、冷めたのを確認すると足の骨から家族が自分の手で拾骨します。

前橋斎場は骨の説明をするため大きく残しますから男性は7寸骨壺で納まりませんので潰すことになりますが、家族自身の手で潰す事で斎場担当者に潰される嫌な感じを残すこともありません。

斎場職員の仕事を取り上げるつもりは毛頭ありませんから、首から上の焼骨説明はして頂き骨壺に納めて貰って拾骨は全て終了となります。

初めは驚く方もいますが自分達の手で送れた感があるのが素手の拾骨ゆえに建前の人は拾骨は無用、親交の深かった人達だけが良いのです。

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